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「産ませる権利」はあるか [雑]

子宮癌の為子供を作れぬことになったタレントが、米国で代理出産による双子を得、これを実子として戸籍に入れようと試みたが、最高裁判所により却下された。

科学の進歩には功罪があるという、典型的な例であろう。これ等の技術がなかった頃は、子を産めぬ場合は諦めるという方法が一般的であった。代理出産については、今現在でも十分な財力がなければ出来ぬことではあるが、ともかく人は、方法を手に入れてしまった。出来るのであれば、やりたくなる。こうして欲望は加速度的に肥大する。はっきり言うが、「自分の子供を持ちたい」というのは、人間にあっては最早自然の摂理でも種保存の本能でもなく、欲望である。わが身は代理出産には完全に反対の立場をとる。他人の生命を危険に晒すからである。高度に医療の発達した先進国にあっても、出産で命を落とすことは、稀ではない。そのリスクを金で他人に負わせようというのが代理出産である。相手も承知できちんと契約を結び、対価を払っているというのであろうが、それは人身売買というものである。他人の命を危険に晒してでも自分の遺伝子を持った子を作ろうというその欲望は、一体どこから来るのか。腹貸し女が出産で死んだ場合は、どうするつもりなのであろうか。
戸籍というものにも問題はあり、わが身は戸籍撤廃論者であるが、今回の決定は妥当であると考える。法の外の行為により子供を作るからには、それくらいのリスクは自分で負って然るべきであろう。「米国では合法」というが、如何に飼い犬であろうと、日本は米国ではない。米国で合法なのであれば、親も米国籍をとって米国人になってはどうか。いい大人が、やってしまってから「認めてもらえるだろう」と考える、この甘さが信じられぬ。このタレント夫妻の、自分らは"被害者"であり一切リスクをとらぬのが当然という姿勢は、どうにもうそ寒い。
また、代理出産の生物学的影響といったものも、長期的に見て行かねば分からぬことである。つい最近も、人工授精による子供の中に、血液型が混在する例が発見されたという報道があった。事ほど左様に、自然をいじる場合は、長期的な監視が絶対条件であると思われる。人間には、自然ほどのことは決して出来ぬのであるから。


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